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今回は“船乗り”だった陸軍兵士について
ご紹介しています。
船乗りといやー海軍と相場は決まっておる。
多くの人はそう思うはず。
私もずっとそう思っていました。
が、あれはペリリュー戦について調べていたときです。
知人から「ペリリューにいた陸軍の人がいるよ」と
聞いて、大阪まで取材に伺いました。
ペリリューにいた陸軍サンといえば、
水戸の歩兵第2連隊か、高崎の歩兵第15連隊。
あるいはそれとは別に独立混成部隊がいたので
そこに所属していた方かもしれない。
ところが実際にお会いしたら、そのどれでもないと言う。
「あれれ? ペリリューにいらしたんですよね?」
「そうや」(←バリバリの関西弁。北関東出身じゃ・・・?)
「陸軍ですよね?」
「そうや」
「歩兵部隊じゃないんですか」
「わしは舟漕いでたんや。船舶の輸送兵」
「はあ? でも陸軍ですよね?」
「そうや」
どうにも話がかみ合わない。
自分の勉強不足を叱られても仕方のない状況でしたが、
この方は丁寧に自分の任務を説明してくださいました。
いわく、当時としては珍しく自動車の免許を持っていたので、
運転兵として食糧の輸送などをしていたとのこと。
で、そのうち配属替えになって、独工の舟艇隊になったという。
ドッコー?
シュウテイ???
だ、だめだ・・・。知らない単語が多すぎる。
というわけで、取材後、あれこれ調べ始めたところ、
ドッコーとは独立工兵連隊のことで、
のちの船舶工兵、つまり舟艇(大発など)の漕艇を専門とする
“船乗り”だったんですね。
その後も機会あるごとに船舶兵について調べていましたが、
この陸軍の“船乗り”、戦史にはほとんど載っていないけれど
じつはものすごーーーく奥が深い。
最終的には、工兵の一分科として正式に「船舶兵」ってのが
誕生しています。
そして陸軍では、海軍顔負けの船舶部隊を持っていたのでした。
どんな部隊だったか。
ちょっとビックリしますよ。
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